50歳でプロ競輪選手に。高松美代子の異質な経歴!

みなさん、こんにちは。

yacco.です。

激レアさんを連れてきた。に出演予定の高松美代子さんって一体どんな人なのでしょうか?どうやら子育てを終え、50歳にしてプロ競輪選手になったすごい人らしいです!調べてみましょう。

高松美代子さんプロフィール

生年月日 1962年5月9日
血液型 A型
出身地 神奈川
期別 102期
ニックネーム ドラミちゃん
脚質
師匠 三住 博昭(61期)

小学校講師として働く傍ら、40代になって始めた自転車のアマチュア大会において数多くのタイトルを獲得。2011年に49歳で日本競輪学校に入学、日本競輪学校女子第1期生(第102期生)の元女子競輪選手です。2017年04月13日に引退されていて現在は日本競輪選手会 指導訓練課 ガールズケイリンサポートスタッフとして活躍されています。

なぜ50歳にして高松美代子さんは競輪選手になったの?

30代でトライアスロンにハマった高松美代子さんが、その中で特に自転車にのめり込んでいった理由は「勝てそうだったから」。何度も上位入賞するも優勝することがなかなかできなかった高松さんは勝つための練習法を探すうち、川崎競輪場のバンク(競走路)を走る愛好会のことを知ります。初めて参加した時には若い男の子だらけで、“おばさん、何しに来たの?”みたいな感じだったそう。“うわあ、どうしよう、と思ったけれど(笑)、ここで負けてはいられない”と練習に参加するうち、大会で優勝できるように。そしてちょうどその頃、運命のように48年ぶりに女子競輪を復活させるために、日本競輪学校が女子の受験者を募集。しかも年齢制限はなく当時49歳だった高松さんはただ強くなりたいとゆう一心で入学することになります。

とはゆうものの、競輪学校は、携帯電話も持ち込めない1年間の合宿生活。高松さんの家族はどう思ったのでしょう?

お子さん達はその時20歳を過ぎていて、“反対しても行くんでしょ?”とゆう感じだったそうです。そして旦那様も高松さんが4人の父母を介護し看取ったのをずっと見ていて苦労してきたのを知っていたので、切り出したら、“ふーん、いいんじゃない?”という感じだったそうです。

この記事を読んでご自身のご両親だけではなく、義理のご両親の介護もされていたなんて、高松さんの人間ができていて本当に尊敬しました。

現在は引退されていますが、高松美代子さんが引退を決断した理由は?

2016年7月に落車し頸椎(けいつい)を骨折し、さらに2017年1月に旦那様を亡くしたことが影響したそうです。

現役の5年間に5本の骨の骨折。。

高松さんとしてはまだ一生懸命やりたかったけど、また大けがをしたらと、娘さんたち家族が心配したことが大きく、引退を決意。

それでも旦那様が他界したことでいつどうなるかわからないから、好きなことは今楽しむ!!といろんなことに意欲的な高松さん現在はガールズケイリンのサポートスタッフとして競輪界を盛り上げてゆくことを力を注いでいるそうです。

お子さん達もやりたいことはやったほうがいい!と応援してくれているそうです。

 

子育てを終えてまた自分のやりたいことを見つけ、プロになる程没頭できるなんて素晴らしいことですよね!

年齢を理由にいろんなことを諦めてしまう前にまずはチャレンジしてみた高松さんだからこそ新たな道を見つけられたんだと思います。何事もまずやってみることが大事なのかもしれませんね!!

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